官製仮想通貨が法定通貨(フィアット)を駆逐する
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コインチェックのNEM流出問題や、中国当局による仮想通貨規制等々、年が明けてわずか1カ月で仮想通貨に関するさまざまなニュースや事件がありました。その影響もあって、仮想通貨市場は過去最大の暴落を記録しました。
現在、世界各国が仮想通貨の規制強化を図るなかで、実は国が独自に仮想通貨を発行しようとする動きが目立ってきました。政府が発行する仮想通貨、いわば「官製仮想通貨」を発行しようと準備を進めている国が出てきたのです。
現在のところ、官製仮想通貨の発行を公表した国は、ベネズエラ、ロシア、ドバイ、エストニア、ウクライナ、中国の6カ国です。各国が構想する官製仮想通貨の実態を探り、仮想通貨市場への影響や今後の動向についてみてみましょう。
ベネズエラの官製仮想通貨「ペトロ」
南米の産油国ベネズエラでは、自国通貨ボリバルの信用不安からビットコインが資金の避難先として重用されていました。ビットコインのマイニングも盛んで貴重な外貨収入源になっています。
そのベネズエラが、官製仮想通貨においては台風の目となりそうです。これまでの経緯は下記の記事をご覧ください。
ベネズエラでは、「Petro(ペトロ)」という名称の官製仮想通貨が今まさにリリース直前です。昨年末唐突に宣言されたPetroの発行ですが、ニコラス・マドゥロ大統領が先頭に立って急ピッチで計画が進んでいます。
Petroの特徴としてまず挙げられるのは、価格がベネズエラ産原油価格に連動し、1Petro=1バレルに相当するということです。ベネズエラの原油埋蔵量は世界一といわれ、ここ数年は生産高でサウジアラビアを上回っています。
原油価格に連動するこのPetroは、全部で1億Petro(PTR)が発行予定であり、時価総額は約60億ドル(日本円にすると約6600億円)に相当します。そして実は、ICO、Petroの販売の日程がもう迫っているのです。
販売形態 | 販売期間 | 対象 | 販売割合 |
プレセール | 2018年2月20日〜2018年3月19日 | 機関投資家 | 発行全体の38.4% |
一般販売 | プレセール終了次第 | 一般 | 発行全体の44% |
*機関投資家向けに販売されるプレセールでは、60%のディスカウント価格で購入することができます。
機関投資家と一般向けの販売で全体の約80%を流通させますが、残りの17.6%は政府が管理します。ちなみに、Petroのホワイトペーパーがすでに公開されています。
Petroのマイニングにはベネズエラ国内の若者約86万人がすでに登録しています。仮想通貨知識があり、マイニングに賭ける若者たちが殺到しているようです。国と若者が一丸となってPetro計画に取り組んでいることがうかがえます。
昨年の電撃発表から短期間で進むPetro計画ですが、なぜ急に官製仮想通貨を発行する運びとなったのでしょうか。その背景には、ベネズエラ国内の深刻な経済状況があります。
米国の経済制裁が続くベネスエラのインフレ率は2616%を超えており、異常な事態です。多くの国ではインフレ率を2%に抑えることを目標としているので、その約1000倍以上のハイパーインフレ状態です。
そのためベネズエラの法定通貨ボリバルの信用は失墜し、紙切れ同然となっています。ベネズエラ国民が頼ったのが自国通貨ではなくビットコインだったことも要因とされています。
そこでマドゥロ大統領は、埋蔵量世界一を誇る原油を担保としたPetroの発行によって、法定通貨ボリバルに代わる新しい自国通貨を流通させ、世界経済におけるベネズエラの信頼回復を図ろうとしています。
マドゥロ大統領の権力の強さも懸念材料です。急速に進められるPetro計画ですが、諸外国はPetroに対して懐疑的な姿勢を示しています。欧米諸国から「独裁者」と揶揄されるマドゥロ大統領ですが、自国の経済危機から脱すべく熱心にPetro計画をけん引しています。
時には半ば強引な対応もとっています。例えばベネズエラでは以前まで、マイニングは違法行為扱いでした。しかしPetroのマイニングに若者を大量に集めたことからも推測できるように、現在マイニングは合法となりました。事業や政策に大統領の意向が大きく反映される状況では、国際社会において信用を確立することは難しいでしょう。
官製仮想通貨の発行、マイニング事業の計画実行の早さから、マドゥロ大統領のPetroにかける本気度がうかがえますが、米国からの経済制裁や国内経済の混乱から脱する救世主となりうるのでしょうか。
ロシアの官製仮想通貨「クリプトルーブル」
ロシアでも興味深い動きがあります。先日、ICOと仮想通貨を取り締まる法案の草稿が提出されましたが、それと同時に、ロシアの官製仮想通貨「CryptoRuble(クリプトルーブル)」に関する草稿も、実は提出されていたのです。
「取り締まる法案」と聞くと、規制のニュースかと思いますが、よくよくみると中国ほど厳しいものではないようです。法案は以下の内容を含んでいます。
- 国としては仮想通貨を決済手段として認めない。仮想通貨はお金ではない
- マイニングをするマイナーは登録が義務付けられる
- マイニングは課税対象
今回作られた法案は仮想通貨を禁止するものではなく、仮想通貨と規制の範囲を定義することを目的としています。この他にもICOに参加する場合の条件や取引所の定義、ウォレットなどについて細かく記載されています。仮想通貨市場に対するロシアの最初のステップです。
法案の草稿と同時に提出された「クリプトルーブル」に関する草稿で、クリプトルーブルの発行が2019年半ばまで延期することが判明しました。
クリプトルーブルはプーチン大統領が発案したもので、2017年10月ごろにこの発案がメディアで取り上げられ、一時注目を浴びました。当時は2018年中にも発行されると騒がれていましたが、先送りされたようです。
昨年の騒ぎとは打って変わって、延期となってしまったクリプトルーブル。この決定の背後には政府機関とプーチン大統領との間の温度差が関係しています。
プーチン大統領としては、クリプトルーブルが流通すれば欧米諸国による制裁に対抗することができるほか、クリプトルーブルを官製仮想通貨として普及させることによる税収などの恩恵に期待をしているようです。
また、ロシアからは多くの仮想通貨・ICOが誕生しており、世界の仮想通貨市場をけん引しています。クリプトルーブル発行には、仮想通貨に慎重な姿勢の米国にいち早く差をつけて、仮想通貨市場における存在感を確立したいという思惑があります。
一方で、政府機関には冷静な態度も見受けられます。ロシア中央銀行の第一副会長オルガ・スコトロガトーバ氏は、クリプトルーブルの必要性を疑問視しています。財務省も「仮想通貨が規制を回避するための手段として利用されている限り、官製仮想通貨クリプトルーブルは発行するべきではないだろう」と述べています。
一方でスコトロガトーバ氏は、BRICsやEAEC間で利用できる国家間仮想通貨としてのクリプトルーブル発行には、前向きな姿勢を示しています。BRICsとは、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)という2000年代以降に急成長を遂げているこの4カ国の総称です。EAECは日本語で欧州原子力共同体と訳され、イタリアのローマに拠点を置く組織です。
急激な経済成長を進めているBRICsでクリプトルーブルの流通が実現すれば、莫大な規模で流通することが想定されます。しかしそのためには、各国との調整を進める必要があるでしょう。
その他の国々の官製仮想通貨
ドバイでは、emCash(エムキャッシュ)という官製仮想通貨をいくつかの企業と提携して開発中です。詳細は明らかになっていませんが、普段の買い物から公共料金の支払いまで対応することを予定しています。リゾート地としても知られ超高層建造物が立ち並ぶ豊かな国の資金が、どれほど流入するのか気になるところです。
エストニアでは、e-Residency(電子住民)システムの一環としてestocoin(エストコイン)の開発が進められています。e-Residencyによってすでにエストニアでは1億400万ユーロが流入しており、estocoinの開発によりさらなる流入を見込んでいます。
ウクライナでも構想が始まっていますが、詳細についてはまだ決定していません。現在中央銀行や財務相といった各中央機関からメンバーを招集し、ワーキンググループを設立しています。ウクライナは仮想通貨への警戒を強めており、研究に意欲的です。「仮想通貨への見識の浅さや規制を施さないことは、いずれ国家経済・国家の安全保障を脅かす」と政府は認識しており、今後さらに協議が進みそうです。
中国では、2017年の時点では官製仮想通貨の開発が示唆されていました。通貨の名称や詳細は公開されていませんが、中央銀行に当たる中国人民銀行が構想を進めているようです。
仮想通貨に厳格な態度で臨む中国は、2017年9月には国内のICO全面禁止、最近では国内の仮想通貨取り締まりをさらに強化しました。中国国内での仮想通貨取引が禁止された現在、その潤沢な資金が官製仮想通貨に向かうことにでもなれば、世界最大級の仮想通貨が誕生することになり、中国政府の手でコントロールされる官製仮想通貨となるでしょう。
仮想通貨市場において絶大な影響力をもつ中国当局の動きに今後も注目です。
仮想通貨が法定通貨を駆逐する?
とうとう国家単位で仮想通貨市場に参入する動きがみられるようになった現在。ブロックチェーン技術によって、実体を持たない仮想通貨で取引するような時代になるのでしょうか。ドイツ銀行の戦略家ジム・ライト氏は、フィアット(法定通貨)の少し衝撃的な分析をしています。
1970年代に始まる通貨の変動相場制は元来、不安定でインフレになりやすい性質があります。各国政府や中央銀行のさまざまな金融政策により、インフレは外部的にコントロールできるものとなりました。同時に、こうした状況がフィアット体制を支えていたことも事実です。しかし、統制できない規模のインフレ、または裁量的金融政策によってもたらされたインフレは、フィアット体制を脅かすものとなりうるという分析です。
この「コモディティベースの金融システム」がどのような形態になるかはわかりませんが、ベネズエラの原油価格で裏打ちされたPetroは、その先駆けとなるかもしれません。
官製仮想通貨発行の本当の狙い
中国やロシアは仮想通貨の禁止や規制を行い、引き締めを行いつつも、同時に仮想通貨の研究に熱心です。ベネズエラのPetroのように、いつ独自の官製仮想通貨が発行されてもおかしくない状況です。
中露のこうした動きの背景には、以下の2つの狙いがあると考えられます。
- 他の仮想通貨への投資によって外国に資金が流出することを防ぐ
- 自国の官製仮想通貨によって、いち早くグローバルスタンダードの座を確立する
次の時代の舞台には誰が、どの仮想通貨が主役として立つのか。各国のさまざまな動きを追うことで、それが見えてくるでしょう。